年度末、引き継ぎの書類を書く。名前、特記事項、支援の記録。でも書き終えたとき、いつも思う。いちばん大事なことは、ここには書けなかった、と。
ことばにできない積み重ね
引き継ぎ書類には、「特別な支援が必要な子」「配慮が必要な場面」「保護者との関係」などが書かれる。必要な情報だ。次のせんせいが困らないために、大切な記録だ。
でも、書けないことがある。
あの子が、やっと自分から話しかけてくれるようになったのが、十月の終わりだったこと。最初は目を合わせることすら難しかった子が、三学期に入って「先生、聞いて」と言えるようになったこと。それは、どんな書類の欄にも入らない。
関係は、書類に収まらない。
渡せるものと、渡せないもの
次のせんせいに、ぼくはこの子との時間を渡せない。
一緒に過ごした日々は、ぼくの中にあって、この子の中にある。でも、次のせんせいはゼロから始める。書類を読んで、「配慮が必要な子」として会う。それは仕方のないことだ。でも、少しだけ切ない。
だから、書類に書けないことを、せめて言葉で伝えようとする。廊下で次のせんせいに会ったとき、「あの子、笑顔がすごくかわいいんです」と言う。「最近、すごく成長しているんですよ」と言う。書類には書かないその一言が、次のせんせいの最初のまなざしを、少し変えてくれるかもしれないから。
記録の向こうにある人
引き継ぎを書きながら、ぼくはいつも思う。この子はこの書類の向こうにいる、と。
書類は地図だ。地図があると、知らない場所をある程度進める。でも、地図と土地は違う。地図に書かれていない道が、その子の中にはたくさんある。
次のせんせいが、書類の向こうのその子と出会えるように。記録に残らない部分を、ちゃんと見ていけるように。それを願いながら、ぼくは引き継ぎの書類を書く。
書き終えた書類を閉じるとき、書けなかったあの子のことが、いちばん鮮やかに思い出されるのかもしれません。


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