02_「コドモノ」ってこと

すでに教える前に

すでに主体として 教える前にすでに子どもたちは主体として生きているぼくたち教師の意識に先立って子どもはすでに主体として「いる」 思っているのと反対 もしかすると子どもは不完全なところがあって教師が導かなく...
01_「せんせい」って

問い続けること

問い続けるせんせい 問い続けるせんせいで在りたい。子どもに対してじゃなく自分に対して。自分の在りかたに自分の思考に自分の心にいつも問いかけたい。 いつの間にか いつの間にか自分の考えていることを疑わなくなる。大人...
00_はじめの一歩

せんせいの感受性

せんせいにとって必要なこと せんせいにとって なくてはならない感覚せんせいの感受性それは 子どもの痛みを 自らのうちに宿すこと簡単にいうと 何かあったときに真っ先に 子どものことを想うこともっと具体的な行動でいうと何かあった...
01_「せんせい」って

教材研究って

暮らしそのもの 教材研究は、日常の生活すべて何をしているときもそれぞれの教科の目で「世界」をみてるこどもたちに 見せたいなこどもたちに 問いたいな日々の何気ない暮らしが教材研究そのものってことそのことじたいを知っているってこ...
00_はじめの一歩

子どもの声を聴く感覚

子どもの声を聴く感覚があるかどうかそれが「せんせい」にとっては とてもだいじ小学校で 大きな声で 元気に子どもたちの前に立てればいいわけではないどちらかというと 発することができるかではなく「聴く」という感覚があるかが大事 ...
01_「せんせい」って

主体性を問う

主体性を問うこと自体に課題がある主体性は他者によって意味づけられるものではないだろう子どもはすでに主体として生きているすでに主体として生きている子どもを大人が見つめ 価値づけ その主体性を意味づけることはすでに主体として生きている...
01_「せんせい」って

客観的という針の穴

みんな客観的が好き客観的な評価 客観的な視点 客観的なエビデンスでも そこには大きな問題が3つある1 本当の意味で客観的なんてものはない2 子どもを対象物としてみてしまう3 判断が偏る 1 本当の意味で客観的なんてものはない...
01_「せんせい」って

教えることをやめたとき

「せんせい」にとって 教えないことも とっても大事難しけど とっても大事ひとりの子が、窓の外を見つめてたもうひとりは、鉛筆をじっと見つめてたなにも起こっていないように見える時間でも そこには確かな「   」があった それは ...
05_「せんせい」の詩

そらを みあげて

きみが そらを みてたからぼくも そらを みた なんにも ないのにこころが ふわっと うごいた きみと そらがなにか はなしてた ← ホームへ戻る
01_「せんせい」って

目的のない時間

学校では どんな教育活動にも 目的がある目標なんて言われたりする授業をするにも 行事をするにもゴールを意識して先生として 子どもたちに 指導?するでも 「せんせい」は本当の本当はそうじゃない次元にも目を向けてなきゃいけないんだと思うそれは...
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